旅の栞(トルコ)
6月23日
レストランと車窓からの風景
2024年5月31日(金)10:00をもちましてURLは下記の通り変更になります。
https://arisada.wjg.jp/turkey/newpage5b.html
レストランと車窓からの風景 パムッカレ [Pamukkale] からコンヤ [Konya] に向かう途中、立ち寄ったレストランと車窓からの風景。 |
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アジゲル湖 [Lake Acıgöl] (10:18) Acı は苦い Göl は湖を意味し、直訳すれば "苦い湖 " となる。 この湖は硫酸ナトリウム (Na2SO4) の埋蔵量が多く、トルコ最大の硫酸ナトリウム生産が、ここで行われている。 湖が白く見えるのは硫酸ナトリウム塩が析出したためで、寒剤・乾燥剤・パルプ・ガラス工業の原料として広い用途がある。 苦味のある白色結晶で、日本では消防法や毒物及び劇物取締法の適用はなく、入浴剤、食品添加物、医薬品などとしても用いられている。 「南」MAPLay. 2 Q |
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アジゲル湖 [Lake Acıgöl] (10:19) 湖の標高は836メートルで、主に南側の断層線から流入した高硫酸塩温泉水が低温化や濃縮などによって硫酸ナトリウム (Na2SO4) 塩を析出し、これが湖の景観を白色にしている。 「南東」MAPLay. 2 R |
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牛の放牧風景 (10:43) 「南東」MAPLay. 2 S |
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ドライブインで休憩 (10:51) ケシの実と松の蜂蜜で造ったヨーグルト。 噂に違わず美味しかった。 「北西」MAPLay. 2 T |
ドライブインで休憩 (10:56) ヨーグルトは羊のミルクで造られている。 「東」MAPLay. 2 T |
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ドライブイン "ANATOLIA" で休憩 (10:56) このドライブインでの目玉は、松の蜂蜜と羊のミルクから造ったヨーグルトを混ぜ、その上にケシの実を振りかけたご当地特性のヨーグルト。 ヨーグルトの濃厚さを強調したパフォーマンスも見られる。 「南西」MAPLay. 2 T |
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ドライブインで休憩 (10:57) 「南」MAPLay. 2 T |
ドライブインで休憩 (11:03) 「北東」MAPLay. 2 T |
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ドライブインで休憩 (11:03) 皿を逆さにしてもヨーグルトは落ちない。 強い粘着性 (濃厚さ) を示すパフォーマンス。 「東」MAPLay. 2 T |
ドライブインで休憩 (11:03) 私を含め、皆さんパフォーマンスを撮影。 噂に違わず、日本では味わえない美味しさがあった。 「東」MAPLay. 2 T |
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大理石の採石所 (12:10) 「東南東」MAPLay. 2 U |
大理石の採石所 (12:10) 「東南東」MAPLay. 2 U |
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大理石の採石所 (12:10) トルコではマルマラ海に浮かぶマルマラ島を始め、各地で多くの大理石が採石されている。 採石された大理石は日本でもデパートなどの建築物に使用されている。 また、大理石は、結晶質石灰岩と言われ、炭酸カルシウム(CaCO3)を多く含むことから、パムッカレの成因にも関与している。 「南東」MAPLay. 2 U |
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山肌に露出した大理石 (12:11) 「北」MAPLay. 2 V |
山肌に露出した大理石 (12:12) 「北北西」MAPLay. 2 W |
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Restaurant Dempet Demireller (12:38) MAPLay. 2 X |
Restaurant Dempet Demireller (12:39) MAPLay. 2 X |
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Restaurant Dempet Demireller (12:40) トマト・スープ [Domates Corbasi] 。 MAPLay. 2 X |
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Restaurant Dempet Demireller (12:52) トルコ風ピザのピデ [Pide] 。 MAPLay. 2 X |
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Restaurant Dempet Demireller (13:02) トルコ・コーヒーは、煎った豆を細かく砕き、これを煮だした液をカップに入れて出されるので、浮遊したカスが、口に入らないようにするためには、沈殿するのを待って上澄みを飲む必要がある。 MAPLay. 2 X 〖 トルコ・コーヒーの歴史 〗 当初、エチオピア産の木の実 (豆) を乾燥して煎じたものを、胃の薬として飲んでいたが、そのうち目覚めの効果があることが分かり、宗教上の戒律がきびしい (禁酒) イスラム教徒に、好んで用いられるようになった。 13世紀に入ってから豆を煎って用いるようになり、コーヒーの前身であるこの黒色飲料は、回教の本山メッカを中心として、往来する信者によって広められ、アラビアからエジプトへ、さらにシリア、イラン、トルコへと伝わっていった。 トルコに伝わって、1551年ころ製法も生豆の乾燥から煎り豆へ、さらに煎り豆を臼で細かく砕いたものへと変わっていき、いわゆるトルコ・コーヒーが定着した。 当時は紳士の飲み物とされ多くの紳士に飲用された。1554年、トルコのコンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)にカービー・カーネーという喫茶店が開店し、これが世界で初めての喫茶店といわれている。 その後、ヨーロッパには、地中海を渡る盛んな交易によって16世紀末には既にオスマン帝国から伝わっていった。 1602年には、ローマに持ち込まれ、このときすでにcoffeeと呼ばれていたといわれる。 最初のうちはイスラム教徒の飲料に対する抵抗感や、健康に悪い等とする悪評があったものの、ローマ教皇クレメンス8世が1605年に行ったコーヒー洗礼(コーヒーに洗礼を施し、キリスト教徒も飲用することを認めた)をきっかけに、ヴェネツィア(1615年)、オランダ(1618年)、イギリス(1641年)、マルセイユ(1644年)、パリ(1657年)、ドイツ(1670年)、スウェーデン(1674年)など、ヨーロッパ各地に伝播した。 ヴェネツィアには1645年、ヨーロッパ最初のコーヒー・ハウスができ、さらにローマ、フィレンツェなどでコーヒーを供するカフェが開かれるなど、上流階級から中流階級へと広まった。 オーストリアでは、1683年のオスマン帝国による第二次ウィーン包囲失敗の際に、コシルツキーがオスマン軍が放棄した物資の中から発見したコーヒー豆を手に入れたことに始まると言われる。 17世紀末には各地で飲み物として定着するにいたった。 イギリスでは、1650年にオックスフォードに最初のコーヒー・ハウスがオープンしている。 コーヒーがブームとなった1700年頃には、2000軒から8000軒のコーヒー・ハウスがあったと伝えられている。 コーヒー・ハウスは、上流階級の溜まり場となり、イギリス王立科学院もここから発祥したという。 またコーヒー・ハウスは、女人禁制だったため、女性を中心に反対運動が発生したこともあった。 当初はトルコ式で飲まれていたが、口の中にカスが残らない飲み方を求めて、いろいろな工夫がなされ、ついにカスをまったく残さないろ過する方法、いわゆるドリップ式を考案したのは、なんと1世紀有余の年月を要した。 1800年、パリで発表されたドウ・ベロイのドリップ・ポッドは、原始的なコーヒーから、近代的なコーヒーへ脱皮するための画期的な発明だった。 |
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Restaurant Dempet Demireller (13:11) 「南西」MAPLay. 2 X |
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道端にあったサクランボ果樹園 (13:36) 「北東」MAPLay. 2 Y |
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サクランボ果樹園 (13:43) 「南」MAPLay. 2 Z |
モスクのある風景 (14:22)「南東」 MAPLay. 2 a |