旅の栞(ドイツ)
7月10日
関西国際空港 ~ フランクフルト空港 →
メルキュール・ホテル
チックイン後の周辺散策

2024年5月31日(金)10:00をもちましてURLは下記の通り変更になります。
https://arisada.wjg.jp/deutschland/newpage1.html

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関西国際空港 (KIX)
大阪湾内泉州沖5kmの人工島に作られた海上空港で、1994年 (平成6年) 9月4日に開港した。 世界で初めての「すべてが人工島からなる海上空港*1」であり、「旅客・航空貨物の両方で日本初の24時間運用*2」を行った空港。

*1 日本初の海上空港は長崎とされているが、ゼロから海を埋め立てて空港としたのは関西国際空港が初めて。
*2 24時間運用開始は新千歳空港が先であるが、新千歳は深夜は貨物便のみの運用であった。
LH-0741便 (搭乗機 Boeing 747-400) (09:17 jst)
「南南東」MAPLay. A
LH-0741便 (搭乗機 Boeing 747-400) (09:18 jst)
「南」MAPLay. A
LH-0741便 (搭乗機 Boeing 747-400) (09:18 jst)
「南」MAPLay. A
11番ゲート待合室 (09:18 jst)
「西南西」MAPLay. A
「KIX」は、国際運送協会(IATA)が決めた関空のコードで、本来なら関空を英語表記したときの「Kansai International Airport」の頭文字から「KIA」となるところ、「KIA」は、すでにパプアニューギニアのKAIAPIT(カイアピット)空港が使用していたため使えず、「KI」に続く文字で、まだ使われていなかった「I」と「X」の内、発音がしやすく、聞いた感じも良い「KIX」(キックス) が採用された。 因みに、国際民間航空機関 (ICAO) がきめる4文字のコードもあり、この場合の関空は、「RJBB」となる。



フランクフルト空港 → メルキュール・ホテル (ケルン)
フランクフルト空港 [Flughafen Frankfurt am Main] は、ドイツのフランクフルト・アム・マインにあるドイツ最大規模の国際空港で、空港コードはFRA/EDDF。 ヨーロッパでは、ロンドンのヒースロー空港、パリのシャルル・ド・ゴール空港と並ぶ大規模空港であり、世界における国際線の重要なハブ空港のひとつとなっている。 ドイツのフラッグ・キャリアであるルフトハンザ航空がメインハブ空港として使用している。

ローレライ [Loreley]
フランクフルト空港 [Flughafen Frankfurt am Main] (14:50)
関空から搭乗してきた、Boeing 747-400。
「南東」MAPLay. B
フランクフルト空港 [Flughafen Frankfurt am Main] (14:50)
入国審査へ向かう。
「東南東」MAPLay. B
フランクフルト空港 [Flughafen Frankfurt am Main] (15:04)
入国審査ゲート。
MAPLay. B
フランクフルト空港のバゲージ・クレーム [Baggage Claim] (15:23)
MAPLay. B
空港前にてチャーター・バスを待つ (15:39)
「東北東」MAPLay. B
チャーター・バス到着 (15:40)
「東南東」MAPLay. B
チャーター・バスにてメルキュール・ホテル (ケルン) へ向かう (15:40)
「東北東」MAPLay. B
車窓からの風景 (15:46)
左に見える建物は、The Squaire。 Squaire (旧AIRail Centre Frankfurt) は、フランクフルト空港に非常に近い大規模なオフィス複合施設。 9階建てで、長さは660メートル、幅は65メートル。 既存の長距離列車駅の上に建設され2011年に完成した。 スクエアは歩行者橋を介してターミナル1に直結している。
「南東」MAPLay. B
車窓からの風景 (17:44)
ライン川 [Rhein] に架かるゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め。 中央に見える尖塔は、ケルン大聖堂 [Kölner Dom] 。
「北西」MAPLay. B
車窓からの風景 (17:44)
ライン川 [Rhein] に架かるゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め。
「北西」MAPLay. B
車窓からの風景 (17:44)
ライン川 [Rhein] に架かるゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め。 中央に見える尖塔は、ケルン大聖堂 [Kölner Dom] 。
「北北西」MAPLay. B
車窓からの風景 (17:45)
ゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め。 ライナウ・ハーフェン [Rheinauhafen] (ライナウ港)。 ケルン南部の旧港湾施設で、現在は住宅、オフィス、サービス、商業地区として使用されている。
「北」MAPLay. B
メルキュールホテルゼフェリンズホーフケルンシティ [Mercure Hotel Severinshof Koeln City] (17:49)
ホテルにチェックイン後、ケルン市内の散策に出かける。
「西南西」MAPLay. B



ケルン市内の散策
ケルン[Köln] はドイツではベルリン、ハンブルク、ミュンヘンに次いで4番目に大きな都市で、ケルン市街地はライン川の両岸にまたがっている。 市内にはケルン大聖堂 [Kölner Dom] があり、カトリック教会のケルン大司教の拠点がある。

ローレライ [Loreley]
ライン川 [Rhein] の西岸にある遊歩道 (19:15)
前方の橋は、ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] 。
「北」MAPLay. C
ライン川の西岸にある遊歩道 (19:15)
前方の橋は、ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] 。
「北」MAPLay. C
ライン川の西岸にある遊歩道 (19:17)
前方の橋は、ゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] 。
「北」MAPLay. C
ライン川の西岸にある遊歩道 (19:19)
前方の橋は、ゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] 。
「南南東」MAPLay. C
ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] (19:23)
河川敷遊歩道から橋上につながる螺旋階段から撮影。 右上に見える橋は、ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] 。
「東」MAPLay. C
ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] からの眺め (19:23)
下を流れる川は、ライン川。 前方に見える橋は、ホーエンツォレルン橋 [Hohenzollernbrücke] 。
「北北東」MAPLay. C
ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] にて (19:25)
中央に建つ二つの塔の内、左の黒っぽい塔は、ケルン大聖堂 [Kölner Dom] 。 右手前の白っぽい塔は、聖マルティン教会 [Groß St. Martin] 。
「北西」MAPLay. C
ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] からの眺め (19:26)
前方の橋は、ライン川 [Rhein] に架かるホーエンツォレルン橋 [Hohenzollernbrücke] 。
「北」MAPLay. C
ドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] からの眺め (19:27)
前方に見えるホーエンツォレルン橋 [Hohenzollernbrücke] は、鉄道と街路の両方の用途の橋であったが、1945年の第二次世界大戦による破壊の後再建され、現在は鉄道と歩行者用の橋となっている。 ホーエンツォレルン橋はドイツでもっとも列車の通過本数が多い橋で、ケルン中央駅とケルン・メッセ/ドイツ駅を結んでいる。
「北」MAPLay. C
ヘイマーケット [Heumarkt] (19:33)
中央の像は、フリードリヒ・ウィリアム3世の騎馬像[Reiterstandbild Friedrich Wilhelms III] 。 この時は、改修工事のため、周囲は柵で囲まれ、騎馬像の土台の周囲にあった複数の像は取り外されている。
「南」MAPLay. C
ヘイマーケット [Heumarkt] (19:35)
950メートルの Heumarkt (MAP) は、Deutzer Brücke (MAP) と Old Market (MAP) の真ん中にあり、ライン川に隣接している。 17世紀、Heumarkt は中部ヨーロッパで最も美しい場所のひとつと言われ、ヴェネツィアのサン・マルコ広場 (MAP) と比肩されたこともある。 しかしその後、Heumarkt は何度も再建され、元の大きさと美しさを失ってしまった。 今は、レストランが、広場に軒を並べ、醸造所、パブおよび美しいテラスで人気を集め、ケルシュビールを楽しむには理想の広場となっている。  コンサート、カーニバルなどのイベントもあり、この場所はワールドカップ2006でファンマイル [Fan-Meile]* として使用された。 19世紀の終わりまで、Heumarkt はクリスマスマーケットが開催された場所であったが、その後途絶え、2005年に、ケルンで数多くのクリスマスマーケットを持つ Heumarkt でクリスマスマーケットが初めて再開された。 Heumarkt には2つの保護されたモニュメントがあり、一つは、1864年と1878年の間に Gustav Hermann Blaeser によって建設されたフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の乗馬像。 二つ目の記念碑は、1986年以来、リストアップされた "Zum Goldenen Fuss" 。 建築家 Karl Band によって第二次世界大戦後再建された。  家のファサードはバロック様式でケルンでは数少ない様式。 今日、 "Zum Goldenen Fuss" は住宅用建物と商業用建物を兼ねており、1階には美しい天井を持つパブがある。 Heumarkt は非常に歴史的な過去を持っており、創設期には、ケルンがローマの植民地であった時代で、Heumarktes は港のある湿地帯であった。 中世には、Heumarkt は取引センターに発展し、場所の名前が示唆するように、乾草は市内に住む農民に売られていた。 1727年には、証券取引所が建てられ、嘗て、Heumarkt は、「ボーデンプラッツ(証券取引所)」と呼ばれていた所以である。 また、ゲーテが Heumarkt を訪れていたことも知られており、19世紀半ば、Heumarkt 65 の編集室は、マルクスとエンゲルスが「ノイエ・ライニシェ・ツァイトン」を創設した場所でもあった。  第二次世界大戦中、歴史的な旧市街の建物の多くは破壊されてしまった。
「南東」MAPLay. C

多くの人々 が大画面モニターでライブ放送 (主にスポーツ) を楽しむ、区画された公共の場所。
旧市場 [Alter Markt/Old Market] (19:37)
アルター マルクト [Alter Markt] では、かつて、巨大な中世の市場や、騎士による馬上槍試合が開かれていた。 現在は、伝統的なドイツの建築物が並び、街の創始者を称えた古い記念碑が建つ観光地として親しまれている。 広場の中央にある噴水は、30 年戦争で多大な貢献を果たした陸軍大将であるヤン・フォン・ヴェルトを称え、1884 年に Wilhelm Albermann の設計によって建てられた。
「北」MAPLay. C
旧市場 [Alter Markt/Old Market] (19:38)
ヤン・フォン・ヴェルト、記念碑 [Jan (Johann) von Werth Denkmal] 。
「北」MAPLay. C

『ヤン・フォン・ヴェルトの生涯』
生年:1591ビュットゲン(カールスト)(独)、皇帝軍元帥 Kaiserliche Feldmarschälle (1647) 、没年/埋葬地:1652/9/12ペナートキ城/ペナートキ=ナト=イゼロウ・聖母聖誕教会(ボヘミア)。

騎兵から身を立てたパッペンハイム型の元帥で、もともと低い身分の貴族だったが、最初スペイン軍でユーリヒ攻囲戦 (1622) 、次いでバイエルン軍で連戦して軍功を挙げていった。 1634年のネルトリンゲンの後は、西仏戦争でロレー ヌ・ルクセンブルク方面で戦った。 1638年のラインフェルデンの戦いでザクセン=ヴァイマール公べルンハルトに 敗れ、捕虜となってフランスに送られた。 ヴェルトは4年前から捕虜となっているスウェーデン元帥のグスタフ・ホルンとの捕虜交換を希望するが、ホルンをスウェーデン軍元帥に復帰させてしまうのを躊躇する皇帝側の意向により、虜囚生活は4年以上に及んでしまった。 解放後の1640年代は、バイエルン軍元帥のフランツ・フォン・メルシー将軍とともに、トゥットリンゲン、フライブルク、ネルトリンゲンを転戦し、ネルトリンゲンでメルシーが戦死するとその地位を受け継いだ。 その後、パイエルン選帝侯と皇帝の間に摩擦が生じ、ヴェルトは両者の調停を試みたものの失敗してオーストリアに亡命する。 皇帝軍の元帥となったのはこれ以降である。
旧市場 [Alter Markt/Old Market] (19:39)
塔のある建物は、旧市庁舎 [Historical City Hall] 。
「西」MAPLay. C
Unter Goldschmied と Kleine Budengasse の交差点 (19:42)
ウンター・ゴルトシュミード [Unter Goldschmied] と クライネ・ブーデンガッセ [Kleine Budengasse] の交差点からケルン大聖堂 [Kölner Dom] を望む。
「北」MAPLay. C
ウンター・ゴルトシュミード [Unter Goldschmied] 通り (19:43)
ウンター・ゴルトシュミード [Unter Goldschmied] 通りからケルン大聖堂 [Kölner Dom] を望む。
「北北西」MAPLay. C
ロンクアリプラッツ [Roncalliplatz] からケルン大聖堂 [Kölner Dom] を望む (19:45)
この Roncalli広場 では、ケルン大聖堂のクリスマスマーケット [Weihnachtsmarkt am Kölner Dom] が、毎年開かれている。  ドイツで最も人気のあるクリスマスマーケットで、ケルン大聖堂の壮大な背景のすぐ前にあり、毎年4百万人が地元の特産品やユニークな雰囲気を楽しんでいる。
「北」MAPLay. C
ロンクアリプラッツ [Roncalliplatz] からケルン大聖堂 [Kölner Dom] を望む (19:45)
「北」MAPLay. C
ロンクアリプラッツ [Roncalliplatz] からケルン大聖堂 [Kölner Dom] を望む (19:46)
右側の白い建物は、ローマ・ゲルマン博物館 [Römisch-Germanisches Museum] 。
「北」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:47)
「北北東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:49)
「東北東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:49)
「東北東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:50)
大聖堂のファサード [façade]
「東北東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:50)
大聖堂のファサード [façade]
「東北東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:50)
大聖堂のファサード [façade]
「東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom](19:58)
クロッシングから主祭壇方向を望む。
「東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (19:59)
身廊から拝廊方向を望む。
「西」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (20:00)
身廊から主祭壇方向を望む。
「東」MAPLay. C
ケルン大聖堂 [Kölner Dom] 側から 駅前広場 [Bahnhofsvorplatz] を望む (20:05)
右側のガラス張りの建物は、ケルン中央駅 [Köln Hauptbahnhof] (MAP) 。
「北北西」MAPLay. C

(この後、一旦ホテルに戻る。)
ライナウ・ハーフェン [Rheinauhafen] (ライナウ港) (22:19)
ケルン南部の旧港湾施設で、現在は住宅、オフィス、サービス、商業地区として使用されている。
「南南東」MAPLay. D

(ホテルで夕食を済ませ、再び散策に出かける。)
ライナウ・ハーフェン [Rheinauhafen] (ライナウ港) (22:20)
ケルン南部の旧港湾施設で、現在は住宅、オフィス、サービス、商業地区として使用されている。 中央に見える屋上に旗が立っている塔は、Malakoffturm。 Malakoffturm (MAP) は、ケルンのホルツマルクトにある1848年から1858年にかけて建設されたプロイセンのライン砦の遺跡。
「北」MAPLay. D
ゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め (22:22)
下に見える通りは、アウフ・デア・ハンサヴェルフト [Auf der Hansawerft] (MAP) 。
「北」MAPLay. D
ゼヴェリンス橋 [Severinsbrücke] からの眺め (22:24)
左に見える二つの尖塔を持つる建物は、ケルン大聖堂。 中央の橋は、ドイッツァー橋 (MAP) とホーエンツォレルン橋 (MAP) が重なって見えている。
「北」MAPLay. D
ライン川 [Rhein] とドイッツァー橋 [Deutzer Brücke] 越しに見るケルン大聖堂 (23:01)
「北西」MAPLay. D
ライン川越しに見る旧市街 (23:24)
左端に見える塔は、旧市庁舎 [Historical City Hall] (MAP) の塔。 その右手前に見える塔は、聖マルティン教会 [Groß St. Martin] (MAP) の塔。 その右の二つの大きな尖塔と一つの小さい尖塔を持つ建物は、ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (MAP) 。
「西北西」MAPLay. D
ライン川越しに見るケルン大聖堂 (MAP) とホーエンツォレルン橋 (MAP) (23:35)
「北北西」MAPLay. D
ライン川越しに見る旧市街 (23:39)
左端に見える塔は、旧市庁舎 [Historical City Hall] (MAP) の塔。 その右手前に見える塔は、聖マルティン教会 [Groß St. Martin] (MAP) の塔。 その右の二つの大きな尖塔と一つの小さい尖塔を持つ建物は、ケルン大聖堂 [Kölner Dom] (MAP) 。
「北西」MAPLay. D


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