旅の栞(ベルギー)
10月23日 (地図)
ブルージュ [Brugge] ~ ゲント / ヘント [Gent]
| ブルージュ/ブルッヘ [Bruges (英)/Brugge (蘭] 中世のまま時が止まった「天井のない博物館」とも言われる、ベルギー屈指の美しさをもつ水の都。 町を縦横に流れる運河には50以上の橋が架かっている。 13~14世紀にハンザ同盟の主要都市として栄えたが、その後運河の沈泥で商船の出入りが出来なくなり、町の発展が止まってしまった。 伝統的なレース産業のほか、造船業も盛んで、旧市街は世界遺産に登録されている。 なお、地名の由来は「橋」を意味するブルーフ [Brug (蘭)] で、市内に張り巡らされた運河に架かる無数の橋に因んでいる。 今日は、ブルージュを後にし、ゲントへ向かう。 |
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| ダムポート橋の袂 (08:19) ダムポート橋 [Dampoortbrug] の袂。 右端に見えている赤と白に塗装された棒状のものは、跳ね橋に設置された船舶交通用の信号機と車用の遮断機。 「北」MAPLay.1 A |
北部クライスポート橋 (08:21) 手前に見える跳ね橋は、北部クライスポート橋 [Noordelijke Kruispoortbrug] 、その向こうはクライスポート橋。 「南」MAPLay.1 B |
| ゲント/ヘント/ガン/ゲント[Gent (独)/Gent (欄)/Gand (仏)/Ghent (英)] 市名は合流点を意味する、ガンダというケルト語に由来する。 9世紀から18世紀にかけてフランドル伯が支配し、その居城が存在する。 中世後期において毛織物業の中心として繁栄し、その人口はパリにも匹敵するほどであったが、16世紀後半の八十年戦争(オランダ独立戦争)以降は停滞した。 1753年にはヘントと北海沿岸の港湾都市オステンドを結ぶ運河が開通し、現在は、花卉栽培や園芸農業が盛んで、 "花の都" と呼ばれている。 また、ベルギー有数の工業都市と同時に、アカデミックな大学都市でもあり、1913年にはヘント万国博覧会が行われた。 |
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| オクトローイ広場 [Oktrooiplein] からの眺め (09:13) 遠くに見える2塔は、ゲントの中心部にある "聖バーフ大聖堂 "(左) と "鐘楼" (右) 。 「西南西」MAPLay.2 A |
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| ゲント市庁舎 [Stadhuis] (09:22) 1576年にゲントの講話条約が結ばれた歴史的建築物。 この市庁舎は異なるスタイルに建てられ、一部は手前の角の壁面部分から右の通りに沿って延びる壁面部分で、華やかなゴシック様式で建てられている。 この部分の設計はDomien WaghemakereとRombout Keldermans によってなされ、建設は1518年に開始されたが1535年に建設工事は停止されたため、1/4 の完成しか見なかった。 その後、60年後に建設は再開されたがルネサンス様式であったため、異なる様式が混在することになった。 後期建築は1595年 ~1618年の間に行われたが、ファサードは、イタリアのルネサンスのデザインに触発され、連続ドーリア式、イオニアとコリント式の列柱と壁面を用いたため、水平方向に重点を置たデザインとなっている。 ニッチに置かれた19体の彫像は19世紀後半から20世紀初頭に制作された。 「南西」MAPLay.2 B |
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| ゲント市庁舎 [Stadhuis] (09:22) 右の建物は市庁舎で、後期建築部分。 左の塔は鐘楼で、高さ91mの頂きにはゲントのシンボルである黄金のドラゴンが輝いている。 嘗て、市庁舎の近くではバター市場 [Botermarkt] が開かれ、バターやチーズ、卵などの販売が行われていた。 「南西」MAPLay.2 C |
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| ゲント市庁舎 [Stadhuis] (09:25) 左は後期建築部分で、ファサードは、イタリアのルネサンスのデザインに触発され、連続ドーリア式、イオニアとコリント式の列柱と壁面を用い、水平方向に重点を置いたデザインとなっている。 右端のファサードは華やかなゴシック様式で建てられている。 「北」MAPLay.2 D |
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| 鐘楼 (織物ホール) [Belfort & Lakenhalle] (09:26) 中央の塔は、鐘楼 [Belfort] 、その左の建物は "織物会館" [Lakenhalle] 。 鐘楼 [Belfort] はゲントを代表する塔の一つで、13世紀 ~ 14世紀に建設。 16世紀にはカリヨンが取り付けられた。 織物会館 [Lakenhalle] ではゲントの歴史に関する展示を見学できる。 高さ91mの頂きには、ゲントのシンボルである黄金のドラゴンが輝いている。 「南西」MAPLay.2 E |
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| 聖ニコラス教会 [St.Niklaaskerk] (09:28) 左に見える聖ニコラス教会は、スヘルデ川流域に建つ特有のゴシック建築で、13~14世紀に建設されたスヘルデ・ゴシックの最高傑作とされている。 聖ニコラスは漁師と船乗りの守護聖人だったため、船乗り達は、ここで航海の安全を祈った。 因みに、サンタクロースの起源は、4世紀ごろ、小アジア (現在のトルコ )のミュラの司教であった聖ニコラスの行状が、基になっている。 「北西」MAPLay.2 F |
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| カタローニャ通り [Cataloniëstraat] (09:30) 中央に見える建物は、旧郵便局 [Oud Postkantoor] 。 「西北西」MAPLay.2 G |
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| 旧郵便局 [Oud Postkantoor] (09:31) 建物は、世界博覧会 (1913) のため、それまであった古い建物やルイ14世様式の美しい倉庫が取り壊され、建築家ルイ·クローケー [Louis Cloquet] (1849~1920) とステファン·モルタィエ [Stephane Mortier] (1857~1934) の設計により、1898年 ~1910年に建てられた。 建築様式はネオゴシック様式とネオ·ルネッサンス様式の折衷様式で、ファサードは多数の彫像や紋章で飾られている。 2000年頃に郵便局としての役割を終えた後、この建物は小売スペースと高級ホテル「1898 The Post」を併設する施設として再利用された。 「北西」MAPLay.2 H |
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| 聖ミカエル広場 [Sint-Michielsplein] からの眺め (09:32) 手前に見える塔は、聖ニコラス教会 [St.Niklaaskerk] 。 その後方の、時計のある塔は鐘楼 [Belfort] 。 更に、その右後方の塔は、バーフ大聖堂 [St.Baafskathedraal] 。 聖ニコラス教会は、13~14世紀に建設された、スヘルデ川流域に建つ特有のゴシック建築で、スヘルデ・ゴシックの最高傑作とされている。 聖ニコラスは、漁師と船乗りの守護聖人だったため、船乗り達はここで航海の安全を祈った。 因みに、サンタクロースの起源は、4世紀ごろ、小アジア(現在のトルコ)のミュラの司教であった、聖ニコラスの行状が基になっている。 「東」MAPLay.2 I |
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| 聖ミカエル広場 [Sint-Michielsplein] からの眺め (09:33) 手前に見える塔は、聖ニコラス教会 [St.Niklaaskerk] 。 その後方の、時計のある塔は鐘楼 [Belfort] 。 鐘楼 [Belfort] はゲントを代表する塔の一つで、13世紀 ~ 14世紀に建設。 16世紀にはカリヨンが取り付けられた。 「東」MAPLay.2 J |
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| 聖ミカエル橋 [St.Michielsbrug] からの眺め (09:33) レイエ川 [Leie] をはさみ、レイエ河の東岸 (右) 一帯は、中世に港として栄え、嘗ては、香草を商いとする、ブラバント・ゴシック*、ゴシック、バロックなど、様々な建築様式のギルドハウスが建ち並んでいた。 そのため東岸一帯は、香草河岸 [Graslei] と呼ばれている。 西岸 (左) は穀物河岸を意味する "コーレンレイ" [Korenlei] と呼ばれ、建物の多くは20世紀に復元されているが、当時のギルドの勢力は充分感じ取れる。 「北」MAPLay.2 K * ブラバント・ゴシック [Brabant Gothic] とは、14世紀から16世紀にかけて中世のブラバント公国 (現在のベルギーやオランダの一部) を中心に栄えた、独自の発展を遂げたゴシック建築の一様式。 |
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| 聖ミカエル橋 [St.Michielsbrug] (09:34) 1905 ~1909年に造られた、レイエ川 [Leie] に架かる橋。 ゲントの旧市街の景観を満喫できるビューポイントで、橋の東方向にはゲントの代表的な3つの塔 (サンニコラ教会 、 ゲントの鐘楼、聖バーフ大聖堂の塔) を観ることができ、南西の方向には聖ミカエル教会を観る事が出来る。 また、北方向にはレイエ川両岸に建ち並ぶギルドハウスを観ることが出来る。 かつての聖ミカエル橋は、旋回橋だったが、世界博覧会 (1913) を前にして、景観を主眼に置いた橋に架け替えられた。 「南」MAPLay.2 L |
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| 聖ミカエル橋 [St.Michielsbrug] からの眺め (09:34) 聖ミカエル橋の、北側の欄干には聖ミカエルの彫像 [Het standbeeld van Sint-Michiel] が立っている。 聖ミカエルは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教において最も偉大な天使の一人で、「熾天使」として位置づけられることもある。 「西」MAPLay.2 L |
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| 聖ミカエル橋 [St.Michielsbrug] からの眺め (09:34) 左に見える教会は、聖ミカエル教会 [St.Michielskerk] で、後期ゴシック様式で建てられている。 「南西」MAPLay.2 M |
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| 聖ミカエル橋 [St.Michielsbrug] からの眺め (09:35) レイエ川 [Leie] をはさみ、レイエ河の東岸 (右) 一帯は、中世に港として栄え、嘗ては、香草を商いとする、ブラバント・ゴシック*、ゴシック、バロックなど、様々な建築様式のギルドハウスが建ち並んでいた。 そのため東岸一帯は、香草河岸 [Graslei] と呼ばれている。 西岸 (左) は穀物河岸を意味する "コーレンレイ" [Korenlei] と呼ばれ、建物の多くは20世紀に復元されているが、当時のギルドの勢力は充分感じ取れる。 「北北東」MAPLay.2 M * ブラバント・ゴシック [Brabant Gothic] とは、14世紀から16世紀にかけて中世のブラバント公国 (現在のベルギーやオランダの一部) を中心に栄えた、独自の発展を遂げたゴシック建築の一様式。 |
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| 聖バーフ (聖バヴォ) 大聖堂 [St.Baafskathedraal/Saint Bavo's Cathedral] (09:43) 高さ89メートルのロマネスク様式とゴシック様式の特徴をもつ建物で、12世紀に建造がはじまり、16世紀に完成した。 ヘント市民が聖人として崇敬する、聖バーフに因んで名付けられている。 15世紀フランドルの画家、ファン・エイク兄弟の祭壇画「神秘の仔羊」やルーベンスの絵画があることで有名。 「南東」MAPLay.2 N |
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| 織物会館 [Lakenhalle] と鐘楼 [Belfort] (09:43) 織物会館は、織物の取引や倉庫として中世の時代に使用されたゴシック様式の建物。 この建物は、サイモン·ヴァン·アッシュ [Simon Van Assche] の設計によって、13世紀 ~ 14世紀に鐘楼と同時に建てられた。 「北西」MAPLay.2 O |
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| 聖バーフ大聖堂 [St.Baafskathedraal/Saint Bavo's Cathedral] (09:47) 聖バーフ [Saint Bavo] はベルギーのリエージュ [Liège] 近くでフランクス [Franks] 貴族として生まれ、アロウィン [Allowin] と名付けられた。 彼の父はアウストラシア [Austrasia] の宮殿の城主だった。 Allowinは兵士で無秩序な生活を送っていたが、彼の妻の死後、バーフはアマン [Amand] の説教を聞いて、改心することに決めた。 アマンの修道院でキリスト教に改宗した後、貧しい人々に彼の所持品を寄付して回った。 バーフは、アマンと共に、フランスとフランダース地域をしばらくの間、布教活動して回った後、修道院を建て、僧侶となって、貧しく世捨て人のように暮らしていた人々に対して、彼の所持品を分け与えた。 バーフは、ゲントにある "バーフの修道院" で亡くなった後、 ゲント [Gent] の守護聖人となった。 「南東」MAPLay.2 P |
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| 聖バーフ広場 [St.Baafsplein] (10:39) 左手に見えるのは、鐘楼と繊維ホール [Belfort & Lakenhalle] 。 「北西」MAPLay.2 Q |
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| 聖バーフ広場 [St.Baafsplein] (11:00) 繊維ホール [akenhalle] 前にて。 「北西」MAPLay.2 R |